引っ越しは大変やね。
このホームページを作ってくれた「なつこ」のベーシストの庄源君(僕は携帯からブログを書くのみです今のところ)が、めでたく結婚!→新居に引っ越し。おめでとう! でもドタバタしてて「カーテン」を買い忘れたそうな・・・。なので夜になって光り輝くその部屋は、まるでショウケースのよう。なんとなく・・・田中康夫っぽいね。
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このホームページを作ってくれた「なつこ」のベーシストの庄源君(僕は携帯からブログを書くのみです今のところ)が、めでたく結婚!→新居に引っ越し。おめでとう! でもドタバタしてて「カーテン」を買い忘れたそうな・・・。なので夜になって光り輝くその部屋は、まるでショウケースのよう。なんとなく・・・田中康夫っぽいね。
あれは確か一月末かな?復活ライブ一発目の直後。バックビートで出演者がキャンセルしたらしく、「ギターもって遊びに来てよ」とマスターに誘っていただいたので、仕事終わりで店にいくと・・・もう始まってましたねぇー、おっ!下町のロックンパフェ!今夜はこの二人に会いにきたよー!あっ黒田さん、どうもどうも、少し話したけど歌を聴いたことがない。どんな声の持ち主やろう?ってなことを考えながらステージに目をやると・・・!!? 看護婦のコスプレをしてベースを弾いている男性!!その横でギターを弾いているのは・・・?フサフサの羽毛みたいな服着てる。・・・鳥?・・・鳥や!ライブハウスに鳥がいる!雄の鳥がベース弾いてる! リズムマシンに合わせて演奏していた二人、それが「ホーリーあー」。後に何度かライブを観に来てくれた。ありがとう、今度観にいくと言いながら、まだ観れてない。観たい。 実は彼らはスリーピース。テラダツヨシという人がドラムらしい。ソロ活動もやってるそうなので、ホーリーあーのベーシスト・永松君にテラダツヨシのソロって弾き語り?って聞いたら、「いや・・・ドラムを叩いて、叫ぶんです。・・・・・叩き叫びです。」!!?・・あの二人にそんなドラムが加わったら・・・む〜ん。気になる、気になるぜ、ホーリーあー。
なにぬね野口五郎・・・。なにぬね野口五郎・・・ん? ここのレンタルのCDコーナーには野口五郎が・・・ない!J−POPの「ナ行」にも、懐メロの「ナ行」にも! アンチ五郎かっ!!ふざけんな!こんな店ーーっ!こんな店なんかーーーっ!!アダルトDVDで我慢しましょう。「ナ行」と言えば、「夏目ナナ」。五郎のかわりに、夏目ナナ。「三井ゆり」より夏目ナナ。 それにしても夏目ナナって凄い人気ですよね。レンタルされまくり!!俺もこれぐらいメジャーになりたいなぁ。よし!勉強しよう!! ご利用期間は?・・・「一週間で」。
「好きな女性のタイプは?」 と聞かれると非常に困る。「タバコは吸わんほうがええなぁ」くらいしか返せない。その日も似たような質問に対して歯切れの悪い返答をしていると、昔から僕のことを知り尽くしている小学校からの同級生が一言、「君のすべてを受けとめてくれる女性は、ダンプ松本しかいない!!」・・・そう断言した。そうか!彼が言うなら間違いない!・・・でもまてよ。 彼女はトップスター、俺は売れない歌手。 た・・・高根の花やん!そういえば「たこ焼きラーメン」って当時としては斬新すぎて売れなかったですよね?! まぁ、今もいらんけど。
昨夜は楽しかった〜!楽しかったでしょ?楽しかったな〜!一番手の「センチメンタルニート」を聴いて、気持ち良くなってしまったので、早くもビールに手が伸びました。センチメンタルニートのベースさんと乾杯してたら、お次は「Fabled Number」!!楽屋で話し掛けると、快く受け入れてもらったので、たくさん喋ったなー、みんないい人達。いざ本番!・・・リハでもスゴかったけど本番はさらにスゴい!演奏力、歌唱力がある上で、チームとして一つになってるね〜。バンドっていいなぁ〜。て思ってたら出番?!・・・いつものパターンですね。人の演奏に酔ってたら自分の番がまわってきてたよパターンです。・・・やるべきことをやりましょう。演目を「メラメラ」と言ってたので、入場曲を野口五郎の「恋がメラメラ」にしようと思ってたんやけど、レンタルCDが見つからな〜い。ので急遽サンタナの原曲の方をかけました。「恋がメラメラ」→「米良美一」そして「もののけ姫」→「下の毛姫」→「もののけた・チ○コだけ」という流れでした。「メラメラ」は「米良米良」でしたね。さぁさぁラストは「ストレンジャー」!!渋い!熱い!渋いのに熱い!声量も羨ましいぐらいある。また対バンしたいなぁ。でも京都で活動したはるから普通に見に行けるやんね。 そうそう、来月、アメ村にてお客さんが200人集まるという「Fabled Number」主催イベントになんと呼んで頂いた。くれぐれも失礼のないように、かつ全力でやります!!それにしても楽しかったな〜。最後に「センチメンタルニート」のリーダーが俺に心を開いてくれた!!・・・奇跡が起こった夜でした。
昨夜はアフタービートにて花鳥風月のライブをみた!はじめにトーク。 曲やってトーク。 ほんで喋る。 曲。 ボケる・突っ込む・・・ボケる・・・キレ気味で突っ込む! うまい!! 喋れば喋るほど人をひきつけて、曲を聴かせる。アコースティックイベントを開いたら是非とも呼びたい。 お喋り好きの楽しい人達で構成したいなぁ〜。
工場の機械に左手が巻き込まれるまで、 ギターを弾くときはいつも左手の親指をネックの裏にピタッとつけて、 それを支点にして軍指、コード・・・なんであれ親指が大事だった。 でもリハビリ後は親指が動かない!! 切れている腱、ゆるんでいる腱、切れた筋肉、いろんな事情の結果、 親指がダメ。 握力も右の半分程度。以前は親指さえ鍛えればと筋トレに必死やったけど、 考え方を変えた。 親指に頼らず、ネックごと体の方に引っ張る! 握力ではなく腕力! メカマリー主催イベントに出させてもらう直前に、この手法で出来たのが、「烏丸通りを南へ」 まだ練習してても、ちょっとハードやけど、次のライブでやろうっと!
今年からソロで復活して、いろいろなバンドに会わせてもらった。 そして皆さんホームページをもってらっしゃる。 そしてそれらのホームページを繋ぐ技を・・・リンク・・・というらしい。このページを作ってくれてる友達は、引っ越ししたてでパソコンをまだ繋いでない。 近いうちにやってもらう。 なんだか嬉しいのです。 リンクと言えば「ゼルダの伝説」しか知らなかった。 それでは聴いて下さい。生きた伝説、ゼルダの伝説、「山本新」で「のぼり坂」・・・
復活一発目のライブの時は、握力が持続しないのでアカペラをやって時間を稼ぐのが狙いだった。 どうせなら楽しいものを・・・と思い、2曲。 「プロゴルファー猿」とジャニス・ジョップリンの「メルセデス・ベンツ」の替え歌を下ネタで。 はじめに「メルセデス・ベンツ」をやった。わかる人だけわかればいいと思ってやったら、たいしてウケない・・・。 次に「プロゴルファー猿」をやったら、手応えがあった! 元ネタを知ってるからこそのパロディーの成立がここまで重要だったとは。 わかりやすさ・伝わりやすいことの素晴らしさを学びました。 10月14日のライブのお題は「SM・一休さん」です。
はじめは曲以外のしゃべりは全て適当に即興でやろうとしていた。でもうまくいかへんなぁ。 そう思っていた時に「エレ片」というDVDを観た。 それはエレキコミックとラーメンズの片桐仁の三人で行なわれたコントライブだった。 実力のある人達なのにその回のライブは全然面白くなかった。副音声で解説を聴くと、打ち合せの時間がなかったので即興でやった部分がほとんどらしい。 プロでこんだけスベるんやったら俺なんかがやったらアカン。 ・・・と思い、構成を大事にすることにした。 どちらかというとキチッと計算されたものが好きだ。中でも素晴らしいと思ったのは、品川庄司。 品川の脳ミソはビリー・ワイルダーと同じだ。・・・両方好き。
ぱっちり開いた大きな目!! キラリと輝くきれいな歯!! でも・・・なぜ? 僕はテレビで林家いっ平をみると電源を切る。 彦摩呂ならみるのになぁ。
来てます。・・・作りましょう。新曲。 ネタと歌6:4が出来るなら、ネタと歌4:6も出来なくてはと、思う。 10:0も0:10もやりたい。修業中。
仕事帰りに間に合うかなぁ?と思いながら「ホーリーあー」のライブを観に行ったら出番が終わってた。 ショック!! 必ず観るぞ!!
かつてあの「メカマリー」と対バンさせてもらったという輝かしい栄光とともに解散してしまった前田正志のバンド 「なつこ」・・・が、とあるスタジオでコッソリ復活しました。 男三人でも「なつこ」 夏に結成したから「なつこ」 二年前の夏に俺は左手骨折し・・・ ドラムが鎖骨を折ったのは、今年の夏。 あとは頼んだ!ベーシスト。・・・君だけはケガせんといてね。 「烏丸通りを南へ」を何度も練習! 左手つらいなぁ〜。でもしんどいのは俺だけじゃ〜〜〜ない! な!?、せやんな!? ・・・っとドラムに目をやると、 むっちゃ叩いてるっ!! 驚異的な回復力!!
改めて自分のネタを数えてみました。 「ラルク・アン・寿司ェル」、「エリンギ・ひな祭り」、「天竺」、「マコーレのカルキン」、「踊るチ○ポコリン」、「大阪ソウルバラード」、「踏まないでドラゴンボール」、「下の毛姫」・・・の計8本。 そして 次の、ライブに向けて制作中の「SM・一休さん」ですが・・・完成にしばらく時間がかかりそうです。 ということで、過去のネタの中から「大阪ソウルバラード」を再演します。 10代の前半、男の子って、な〜んか物凄く乳首が痛い時期がありましたよね? それとあの初恋の淡い思い出・・・そんなネタです。 再演の予定はいろいろあります。10月28日のアメ村「アトランティクス」では「踏まないでドラゴンボール」。 いつか再び「飴色フーガ」さんと対バンさせていただくときは、「マコーレのカルキン」。 繰り返しやることで、ネタも、歌も育てたい。 ・・・楽がしたい。
政教分離もなんのその。おそらく日本最大でありましょう、某宗教団体の名簿に僕の名前を載せられてしまったのは、
僕が生まれて3ヵ月の頃。たまたま信仰に熱心な両親のもとに生まれたという、よくあるパターンです。 僕はどうやら宗教は苦手なので、「信仰の自由」があるならば、「信仰をしない自由」もあるのではないでしょうか・・・ ということを両親に説明するのに、10代の多感な時期を、けっこう費やしたんですね。
親は僕に幸せになってほしいので、自分達の宗教を信仰させようとします・・・これ、親の愛です。
後に家を出るまでに、すれ違い続けた経験が、今の自分を創作に向かわせているのかもしれません。
話し合いで、どうこうなる問題じゃないんでしょね。
でも今はギター弾いて歌えるから、幸せです。
僕には二人の姉がいて、3年づつ年が離れている。僕が小学校6年生の時に、6歳年上の姉が「これ、聴く?」と3本のカセットテープを貸してくれた。
「興味ないなぁ・・・」と思いながらも家にあった大きなラジカセ(英会話の教材にセットで付いてきたやつ)で聴いた。
姉は当時18歳。時代はバンドブーム全盛・・・
ラモーンズ、ピストルズ、クラッシュ、の3本のテープは、ヘビーローテーションで僕の枕元で鳴っていた。(勝手に私物化した大きなラジカセが故障するまで)
よって・・・今だにラモーンズを聴くと、布団に包まりながらヘッド・バンキングしていた小学6年生に戻ってしまう。

28日の夜、奇跡的に時間ができたので「飴色フーガ」を観に行きました。
今月はいろんな人のライブを観て勉強してやろうと心に決めてたんですが、「フナ橋」、「R.P.M.」、「メカマリー」と立て続けに見逃してしまい、ヘコんでたところへの・・・仕事おわって18時!!・・・開演は19時!!・・・間に合いました。
会場に着くと「ホーリーあー」、「わたなべよしくに」、「ロッテンマイヤーさんのメガネ」と、全員ミュージシャンばっかりのテーブルに座りました。おぉ〜!みなさん活動の隙間を縫って誰を観にきたのん??そう「飴色フーガ」!!ミュージシャンズ・ミュージシャンってやつですね。
前田正志のリバビリ中バンド・「なつこ」は三人編成、「飴色フーガ」も三人編成。
パクリましょうね。音作りなどをパクリましょう〜、と思てたら、なつこメンバーごめんなさい。
内容良過ぎて夢中になって、
なんの情報も入手できひんかったんね〜・・・
入手したのは、大量のアルコール(摂取した)と、
飴色フーガの無料配布CD。ジャケットの絵を描いたのは、ヴォーカルのクロ子さんです。写真を載せましょね
か・・・可愛い!!
欲しい人はライブに行こうね。
中学生の時に両親に連れられて、その某宗教団体の総本山という所に行った。
うろ覚えの記憶ですが・・・
馬鹿デカイ敷地の中に馬鹿デカイ建物がゴンゴン建っていた。その中でも一際大きく、歪な形をした屋根(アブドラ・ザ・ブッチャーの靴みたいに先が反り返っている)の会館の中に入っていくと、アリーナ席、1階席、2階席と、大阪城ホールなみの広さの館内には、超満員の信者の方々。そして舞台には、巨大な黄金の筒。
僕らは2階席にすわり、母親に渡された数珠を手にスタンバイしていると、舞台に「お坊さん」登場。
お坊さんが経を唱えはじめると、満員御礼の信者全員が経を唱え出した。両親も。
しばらくすると、先程のお坊さんよりも明らかに偉そうな、金ぴかの袈裟を着た「お坊さん・2」が登場。
つづく
「お坊さん・2」は最初の「お坊さん」よりもさらに黄金の筒に近い、物凄くフカフカしてそうな、これまた金ぴかの座布団の上にデンと座り、筒に向かって唱えはじめた。
筒にはギザギザの割れ目がついており、お坊さん・2が経を唱えるごとに、電動でゆっくりと開いていく仕組みになっている。1枚目がめくれると、2枚目の黄金の筒と割れ目が出現・・・3枚目、4枚目と開かれ、信者のボルテージが最高潮に達した時・・・
最後の筒の中には、超特大の仏壇が!!
そのまま1時間ほどショー(?)は続いた。そのあと、その宗教団体の霊園に連れていかれた。
丘の上には初代会長だったという人の、ぬりかべ級にデカイ墓石と、その次の会長の、ぬりかべ級にデカイ墓石が!!・・・丘の下に均等に並べられた無数の墓石を見下ろすようにたっていた。
丘を降っていく両親についていくと、突如、立ち止まり母が一言・・・
「これが正志のお墓よ」
っ!!マジすか!?
僕は死んだら、そこに入れられてしまうらしい・・・。
死んだ後のことなんて、どうでもええけど・・・なんか・・・ねぇ、
今もそのカラッポの墓は、主人が来るのをずっと待っている。
健康食品でも買おうかね。
以前、ロラン・バルトという人が日本食の「天ぷら」について書いた評論を読んだことがある。
そこには確かこうあったと思う、「天ぷらとはその食材の味を楽しむものではなく、その油の処女性を味わうものである」と。・・・ひねくれたオヤジですよね。
飲食店でバイトしたことある人は御存じでしょう。回転のいい店なら昼、夜、とラッシュが予想される時間帯のちょい前に、油を新しくするんですよね。
サクサクしたチキンカツ・カレーを狙って完璧なタイミングでカレー屋に入りました。ラッシュ前だけあって店内は閑散としてますが、店員さんは3人も待機。食事中にラッシュがきて団体客の邪魔しちゃいかんので、カウンター席へ。いや〜、さすがに僕も気配りのできるイイ大人になったなぁ〜・・・と自分に酔いしれていると、トイレから出てきた4人目の店員さんがスタンバイOKです。横一列に4人。フリーキックの壁みたいです。やがて出てきたチキンカツ・カレー。洗うべき皿もなく、私語厳禁で棒立ちの4人の店員さん達・・・。
無音の店内に・・・サクッといい音・・・ロラン・バルトさん、美味しくなかったです。
中学までスパルタ学習塾に通っていた僕は、高校に入ると同時に塾を辞め、急に怠け者になった。
キンコウ楽器という店で買った、1万1千円のアコースティック・ギターは僕に勉強をさせなかった。そうなると類は友を呼ぶ。クラスメイトの坂本君は、音楽はやってなかったけど、気の合う怠け者だ。
「俺はギリギリ3年なれそーやけど、前田はヤバイなぁ〜、つーか卒業できんのかいな」
坂本君は僕と同じで、授業中は睡眠時間だと解釈していたので、ドッコイドッコイの成績だった。会うたびにその予想が的中すると力説していた彼だったが・・・
坂本君の予想は外れてしまう。
彼は高校2年生の秋に死んでしまった。
原因は心臓麻痺。・・・何万人に一人とかいう確率だそうだ。彼が来なかったその日の放課後に、クラス全員で彼の家に行った。顔に白い布を被せられて寝ている坂本君の横で、彼のお母さんが泣きながら「会いに来てくれてやって、ありがとうね」と言った。
葬儀の2日後に予定どおり実施された中間テストの解答用紙は名前だけを書いてすぐに家に帰り、「生きるとは、一体何なのだろうか?」といった内容の、重〜くて、暗〜い詩を書きまくった。
その後、ギリギリ卒業した僕は、近所の「ガーリョ」という居酒屋で、その詩を曲にして初のオリジナル・ソングを弾き語った。精一杯歌い上げた。
「正志の歌は暗いな〜」とマスターの伊達さんに言われて、
「だって今まだ、この曲しかないんですもん!」と少し不機嫌になった僕が抱えていた、はじめて買ったアコースティック・ギター。
アコギは今も、それ一本しか持っていない。